「カップ オブ エクセレンス」銘柄と称される銘柄があります。「カップ オブ エクセレンス」とはコーヒーの産地国で開催される生豆の品評会の名前です。この品評会では産地国の農園が、当年に収穫した銘柄の中で、一番自分が自信を持つ品質の高い銘柄を出品します。
その出品された銘柄は、国の異なるコーヒー鑑定士たちによってその味わいが鑑定され、評価得点がつけられます。そしてその評価得点を参考材料に各国のコーヒー会社のバイヤーたちが、絵画取引のようにオークション形式で値段をつりあげていき、もっとも高値で落札した会社がその出品された銘柄を手に入れることができるというわけです。
「「カップ オブ エクセレンス」において出品される銘柄の条件は、特別な気象や地理的条件が作りだした特徴的な味や香りを持つことです。この銘柄を各国のコーヒー会社が競い合うわけですから、落札価格はかなり高値となることが常です。
実際最終落札価格は、おどろくほどの高値になります。 つまりこの「カップ オブ エクセレンス」に入賞すれば、結果として農園オーナーにはその年かなり高額なお金が手に入ることになります。
この手に入れたお金を、さらに品質の高い銘柄を生み出すために農園内の環境または設備に再投資するということであれば問題はありません。品質の高い銘柄を生み出す農園として世界的に知名度が高い農園はいくつかありますが、彼らはこのことを実践しているからです。
しかしこれに反して「カップ オブ エクセレンス」に入賞し大金を手に入れたがゆえに、だめになっていく農園もあります。農園のオーナーがここで手に入れたお金を、自分の欲や自意識を満足させるために使ってしまうからです。実はこのような例はけっこう多い。悲しいことです。
コーヒー農園においては、家族だけで運営しているような小さな農園も多いので、そうなってしまうことも気持ちとしてはよくわかります。自分自身で考えたとき、自分ならそうならないと断言できるかといわれると、なかなかにむずかしい。
その理由としてコーヒーを栽培する工程は、想像以上に苦労が多いことがあります。コーヒーは天候の変化や病害虫に弱く、育てるには非常に手間と労力がかかる植物です。品質の高い銘柄であれば農薬の使用も少なくする必要があり、その苦労はなみたいていではありません。四六時中コーヒーの木から目を離せない状況です。
このような苦労をして育てた自分のコーヒーが市場に認められ結果として手元に大金が入ったのだから、ちょっとくらい自分のために使って何が悪いと考えたとしても、誰がそのことを責めることができるでしょうか。
しかしモノづくりにおいては作り手が情熱をなくしたとたん、その品質は見事に落ちていきます。これは生産サイドだけではなくコーヒー焙煎の現場でも同じです。
品質が下がる原因は、技術論うんぬんより自分の中の情熱がなくなっていることのほうが要素としては大きいのではと、個人的には感じます。こうしたことは自分はごまかせているようでも、必ず相手に伝わっているものです。
手法や技術も重要ですが、コーヒーを作り出すことで、なによりも重要なことは情熱を持ち続けることだと言ってよいでしょう。高い品質の銘柄を作り続けることはむずかしい。それはたくさんの農園を相手にしているとほんとうに痛感します。
ときに前年において品質の高さに驚かされた農園から当年のサンプルを手元に取り寄せたとき、驚くほど品質が下がっていることがあります。こうした時、深く悲しみを感じると同時に、コーヒーづくりのむずかしさと怖さにあらためて気付かされる。
継続的に品質の高いものを作り続ける。ほんとうに言葉でいう以上に難しい。だからこそ、このことに挑み続けることは、価値が高いことでもあります。